TOYOSHIMA FARM│鳥海とライフ

TOYOSHIMA FARM/豊島 昂生
(秋田県由利本荘市矢島町)

これはある日、矢島町に産み落とされた一粒の種の物語。
しかも、やっと根が大地にへばりついたばかりの静かなるイントロダクション。
今回の記事は、さっき幕が開いて始まったばかりの序章の一片を紹介するものになるのかもしれない。
しかしすでにそこには、歩むべき道を示す希望の光も、いつか辿り着くべき理想郷の方角を示す磁石も存在しない。
誰もまだ歩いた事のない荒野に”覚悟”ひとつを握りしめて、一歩一歩歩みを進めようとする若き主人公の後ろ姿があるだけだ。

鳥海山のすぐ麓、かつて城下町だった歴史と文化の町、由利本荘市矢島町。
何年か前から「この町でワインをつくりたい」と葡萄農園を始めた若者がいるという噂が聞こえていた。
農業というものの知識が乏しい私でもまずこう思う

「矢島で葡萄か、聞いた事ないな、そんな事できるの?」

そして同時に興味が湧いた。
その話を私にしたのは矢島の農家の主人で農業従事者、矢島で葡萄は絶対に上手くいかないと言い切っていたから。
私は仕事上もう長い間矢島町との関わりが深く、沢山の方々に世話になり、仕事を共にし、年の半分は通い詰めているほとんど矢島民。

そのうちすぐに出会うだろう、という強い予感があった。
しかしその予感とはウラハラに、結局何年か越しに今回の「鳥海とライフ」企画での取材が初対面となる。
企画第一弾の取材先に矢島町のTOYOSHIMA FARMさんを選ばせてもらったのにはそんな経緯があった。

けっして常識に囚われず、我が道を信じひたすら未来を切り拓く男。
どんな容姿の歌舞伎者が来るのかと、葡萄畑に着く前の待ち合わせ場所で思い巡らせる。
しかし現れた今回の主役、TOYOSHIMA FARMの豊島さんは、スマートで礼儀正しく物腰の静かなとてもクールな紳士。
そんな印象を受けた。
そして同時に、なぜ?この方が矢島の地でワインを作りたいと思い、どのように、葡萄畑をはじめたのか、改めて興味が湧いた。

鳥海とライフ|豊島ファーム
ぶどう畑入り口にある看板?

「矢島にワイン農場を」
そう思い立ってから5年目の春、TOYOSHIMA FARMの葡萄畑にはメイン6品種の葡萄の木が、ゆるやかな斜面の地形に木の先を下に向くように予め支柱に沿わせ曲げられて綺麗に並んでいる。
これは降り積もる雪が溶け出す時に下にひっぱられ木が折れるのを防ぐ知恵、北海道まで研修に行った際に覚えた方法。
木々を支える支柱も改良を重ね今の材質、形にたどり着いたという。
矢島の土、矢島の雪、矢島の気候に順応する品種は、それでいて圧倒的な個性を導き出すには、またはそんな育て方は。
毎日、毎日、葡萄の木と向き合って、道なき道を歩き続けた。

鳥海とライフ|豊島ファーム
約4000本のぶどうの樹とたんぽぽ

5年目を迎えた豊島ファームは現在、この葡萄畑で育てた葡萄を、他社の蒸留所へ運びワインを造り販売している。
蒸留所の自社開設、更なる農地開拓、日々葡萄とワインの研究を続けながら、目指すべき未来は、その時は、あっという間に目前に現れるだろう。
動き出した夢はけして止まらない、トライ&エラーの連続が日常化した挑戦者の時間軸は本人にこそ計り知れないものだ。

鳥海とライフ|豊島ファーム
この時期は手作業で芽欠きを行う

葡萄畑に一緒に生える雑草達はそれぞれに役割り(土壌改良等)があり、あえて刈り取らない。雑草をわざわざ植える農家もある中、豊島ファームではその土地の雑草達にその役目を託している。
そこにはかつて日本にはいなかった西洋タンポポが群生していて、見渡す限りの黄色い絨毯が敷き詰められていた。
それが良いも悪いも意見は分かれるのかもしれないが、ただただその光景はひたすら美しいばかり。
いつの時代もそこに辿り着いた者、暮らし始めた者がその町をつくり、その景色を彩るのだ。

鳥海とライフ|豊島ファーム

鳥海とライフ|豊島ファーム

ここで立ち返る、豊島さんの挑戦の動機は”廃れゆく矢島町をどうにかしたい”である。
そして今、矢島町の片隅にはかつて誰も見た事のない葡萄の畑が確かにひとつの景色を創り出している。
新たな産業づくり、価値づくり、街づくりは、なんといってもそこに住む者がやる暮らしづくりに他ならない。

今年出来上がったばかりのワインを味わいながら、彼が産まれた矢島町の未来を想像し、けして憂うのではなく、「まだまだ何が起こるか分からないぞ」という気持ちになる。
前例にない、データもない、お手本もない、なんの確証もない、だからといってそれが不可能だとは限らない。
取材を終えてすぐ、彼はそのまま葡萄畑の作業を始めたようだった。

鳥海とライフ|豊島ファーム
2020年収穫のぶどうで作ったワイン。2021年6月発売

鳥海とライフ|豊島ファーム

まだまだ自分も挑戦し続けなければ。
そんな勇気をもらった。

Report & Author / 松本 学

TOYOSHIMA FARM HP https://toyoshimafarm.com/
彼の挑戦物語は必読です!インスタグラムも!

 


【Editor’s Note】

「畑の場所は非公開」
その答えが明確である。「飛び込み営業などが多くて農作業に集中できないため」

数年前、由利本荘市矢島にワイナリーをつくろうとしている若者がいるという話を聞いた。
そのはっきりとしたビジョンがとても気になり、人づてに話を聞いてみたが、どうも否定的な話しか聞こえてこない。
もともと閉鎖的な田舎である。出る杭は簡単に打たれてしまう。
それから数年、しっかりとした芯柱が矢島に立っていた。

新しいことを始めるのは簡単。だけどそれを続けて形にするのはとてつもなく困難
畑まで案内してもらい車から降りる。
「たんぽぽがきれい…」
彼の畑を訪れた第一印象。土地には過度に肥料は与えず、自然に任せている。
ストレスをかけることで作物も強くなるという。
もともと肥沃で水はけのいい土地。
6年前(2015年)、この1ヘクタールの畑で彼の挑戦は始まった。
ぶどうの栽培には通常、雨が少なく、日照時間が長いことが条件となる。
しかし、彼が農業をやろう、ブドウをつくろうと挑んだ秋田県由利本荘市矢島町は、雨が多く、日照時間が短い、いわば真逆の土地。
樹を斜めに植えているのは雪の重みに耐えるため。1年目は木を真っ直ぐに植え、雪の重みで倒れてしまった。積雪は2メートルに達する。
現在ここに、メルロー、ピノ・ノワール、富士の夢、シャルドネ、ソーヴィニヨンブラン、北天の雫というメイン6品種、約4000本のぶどうの樹が植えられている。
2019年に実ったぶどうで昨年(2020年)初めての醸造と販売にまでこぎつけ、今年(2021年)はさらにラインナップを増やしている。
ここまでをほぼ一人で、朝から晩までこの土地と向き合い、様々な困難を乗り越え、商品化という形に結びつけた。

鳥海とライフ|豊島ファーム

7年前、由利本荘に戻り、農業をやろうと決めた
農業をやること、ましてやぶどうをやることは周囲からは理解されなかった。
そんな中でも協力してくれたのは家族。
繁忙期は父や弟に手伝ってもらう。
彼の道のりはまだ始まったばかり。そう、矢島にワイナリーをつくるのが彼の明確な目標。
牧歌的な矢島の農村風景と雄大な鳥海山を背景にそこで醸されたワインを飲む。
そこには多くの地元雇用が生まれ、外貨が落とされる。
地方が目指すべき理想のビジネスモデルだ。
遠くない将来、そんな日がやって来ることを確信する。

だが、明るい展望だけではない。
フランスでは樹齢200年なんていうぶどうの樹も珍しくないらしい。
通常日本国内では20年くらいで樹勢が落ち始め、収穫量が減ると言われている。
だが、このぶどうに適さない厳しい自然環境の矢島の地では15年~20年が寿命と予想されている。
ぶどうの樹のライフサイクルが短いということは、生産量や価格に直結する問題となる。

そうだった。そもそも矢島はブドウ栽培には適さない土地なのだ。

訪れた5月下旬はぶどうの芽欠き作業がピークの時期
この作業も朝から晩までひたすら手作業で一人で行う。しかも4000本。一巡するとまた二巡目…。
この芽欠きした芽を天ぷらにするとそれはそれは美味らしい。ということで早速試す。
品種により香りが異なり、癖がなく美味しい。上品な香り。
だったらこの芽欠き作業そのものを農業体験として参加者を募ってできる。
欠いた芽をその場で天ぷらにして食べる。これは最高。

鳥海とライフ|豊島ファーム

鳥海とライフ|豊島ファーム

収穫が終わるとぶどうの枝は剪定し、その枝を春に集めて捨てる。
しかし4000本分の枝は軽トラ40台分くらいにもなる。
選定した枝だって、燻製に使用すればあたらしい名物ができるかもしれない。

鳥海とライフ|豊島ファーム

こんなアイデアが次から次へと出てくる。

基本前向き。そう、彼には悩んでいる暇はないのだ。

そして6月、今年のワインが完成し、発売された。
私も早速、オンラインで注文。
季節ごとに表情を変えるあの畑も時々のぞいてみたい。

Edit & Photograph / 齋藤 渉
鳥海とライフ|豊島ファーム
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