【Archives】組子職人と行く由利本荘まち歩き「ちょっと一杯、もう一杯」(その1)

天才とは、天に才を与えられた者の事ではない。
もともと全ての人に与えられてあるはずの才を、人生をかけて磨く運命を与えられた者の事だ。

佐藤咲夫という男。人に天才と呼ばれ、けっしてそれを受け入れない。
一見、謙虚な人物のようだが本人にも全く謙遜の気もなく、天才とは、はてなんぞや?ととぼけるばかりである。
確かに、現在の自分に至るまでに積み重ねた努力や鍛練の全てを知る者は本人ただ独り。
それが出来る者であれば誰でも同じことが出来るであろう、という。

「いかにも我こそは凡人なり」

世の天才たちの常套句である。

彼は運転免許を持っていない酒呑みである。
同級生たちがこぞって免許を取るような時期に、彼は自分には運転免許は必要はないと悟る。
自己主張が強く、むやみに他人と同調することを嫌い、自分の中の道理こそ
が道理だと疑わない。
他人はそんな人間を変わり者と呼びたがるが、本人全くのお構い無しである。
車がない。だから歩く。歩いて呑みに行く。自宅から数百メートル、もしくは何キロか歩いてやっとありつける酒は、どんなサプリメントよりも彼の身体を健康に保つ秘訣である事は誰も否定できない。

今回は取材という名目で、彼の日常をお得意の夜の部から切り取る。
何処に行くのかと尋ねる。「せんぼく家」という綺麗なママさんのいる居酒屋。カウンターと座敷がある定員20名ほどの、ちょうどよくどこか
懐かしい雰囲気のある店だ。
まずは同じ男として、ママがタイプなのか聞いてみる。

「えっ、えーと、、俺のタイプは女房だけども…」
そうだった、彼には何十年と連れ添った女房がいる。

「あら咲夫さん、いらっしゃいどうぞ」
暖簾をくぐるなり一瞬でデレデレとしたスケべ顔をつくる名俳優、佐藤咲夫劇場の始まりである。
我々のような若造相手に彼はいつでも優しい。
聞けばなんでも教えてくれ、そしていつもどこかで我々を心配し、気にかけてくれているのが伝わってくる。
その言葉の全ては、けして何か難しい書物に書かれていた事ではなく、彼自身が経験し、感じ、そして彼自身が言葉に変換したものだ。

日本酒を呑みながらラブストーリーや失敗談、子供の頃の話や修行時代の話。
木工品の話などはしない。
ただ彼の人生のターニングポイントの全てはこの街の中にある。
これが今回一番聞きたかったセリフだったかもしれない。

この街で生まれ、この街で生き続けるという人生の肯定。
つまらない街、退屈な街と言って、楽しみを創り出す様々な取り組みはどの土地にもある。
しかし我が街を愛し、それぞれがここに生まれた奇跡を知ることは、今すぐにでも、誰にでもできる地方創生への第一歩ではないか。

寒空の下、店を出た裸足に女物のサンダルの白髪の大先輩は今日も歩く。迷いはない。
数ある行きつけのお店の何処かに入って今夜ももう一杯…。

佐藤 咲夫 さとう・さきお
工房 咲 代表(由利本荘市石脇)
秋田県工芸家協会作品展工芸大賞6 回受賞
秋田県知事賞16 回受賞

せんぼく家
由利本荘市一番堰 265-2
☎ 0184-23-2855
営業時間:15:30 ~ 21:00
定休日:月曜日

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